白山の麓で囲炉裏料理と温泉をもてなす旅館。もとは山口の武家に発し、北前船を経て、度重なる洪水の末に隣の神社とのご縁で今の地に落ち着きました。就任直後にコロナを迎えた6代目は3年を耐え抜き、いま7代目の息子が承継を決めました。





武家から北前船の商人へ、そして白山の旅館へ — 度重なる移転と危機を越えてきた一族の物語です。
“今振り返ると、コロナはむしろ必要な時に来たのだと思います。それがなければ変われなかったでしょう。先祖が洪水で店を流された苦労に比べれば、私の苦労はそれほど大きなものではありませんでした。”
— 和田屋 6代目当主(訪問インタビューより)“日本には「子は親の背中を見て育つ」という言葉があります。言葉にしなくても、親のすることを子はいつも見ている。その精神はすでに伝わっていると思います。”
— 和田屋 先代女将 (後継者の育て方について)就任直後のコロナを「あのままだったら変われなかった」と、変化の契機として振り返ります。代ごとに訪れた危機(洪水・戦乱・コロナ)が、かえって次を考えさせる原動力になりました。
白山の川と山が育む食材、隣の神社とのご縁の上に旅館が立っています。その場を守る力は、自然と人との関係から生まれます。
武家から北前船、白山定着へと続く一族の物語そのものが旅館の最大の資産です。三方よし・おかげさまの精神が流れています。
後継者教育の核心は研修プログラムではなく日常です。親の働く姿を見て育った次の世代が、自然と家業を継ぎます。
洪水で店が流された先祖の来歴を知るがゆえに、コロナを「それに比べれば大した苦労ではない」と耐えられました。家の受難史は、後継者に苦しみの物差しを与えます。
「古き良き日本」という様式を守りながらも、父の代には部屋を三つ取り払って広間に変えました。守るのは様式であって、間取り図ではありません。
出典: 訪問インタビュー録音 (2026-06-19) ・ 整理稿に基づく (2026-07-26)