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和太鼓工芸1609年創業417年

浅野太鼓

浅野太鼓(浅野太鼓楽器店)は、石川県白山市に本社を置く慶長14年(1609年)創業の和太鼓専門メーカーです。播磨国出身の皮革職人が加賀藩に招かれて移り住み、始めた皮革業がその出発点であり、藩から皮革生産を司る立場を与えられて家業の土台を築きました。近現代に皮革業から太鼓製造へと業態を転換して1970年に法人化し、原木から仕上げまで全工程を手仕事でつなぐ一貫生産の体制を410年余にわたって受け継いでおられます。

1609年創業(慶長14年・江戸初期)
約417年家業を継いできた年数(2026年時点)
白山市本社所在地(石川県)
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沿革

浅野太鼓

石川県白山市に本社を置く和太鼓専門のメーカー。江戸時代初期の慶長14年(1609年)創業で、410年以上続く日本有数の老舗の家業です。原木の伐採や皮なめしから、胴削り・漆塗り・皮張り・鋲打ち・販売まで、全工程を自社の手仕事で一貫して行っておられます。

創業(1609年・慶長14年)
1609
播磨国出身の皮革職人・播磨屋左衛門五郎、治郎が加賀藩に招かれ、金沢の浅野村へ移り住んで皮革製造業(浅野太鼓の前身)を始めました。
藩からの信任
江戸初期〜
納めた皮革の質が高く、加賀藩2代藩主・前田利長より褒賞を受けました。藩の重臣による御定書をもって加賀・能登の皮革生産を司る立場を与えられ、皮革加工の技が代々の家業の土台となりました。
太鼓製造への転換・近代化
1960~1970
昭和35年(1960年)頃に大太鼓の製作を開始し、昭和45年(1970年)に「浅野太鼓楽器店」として法人化。皮革業から和太鼓の総合製造へと家業の業態を転換されました。
現代 — 太鼓の里の構想
昭和61年(1986年)〜
新工場と「太鼓の里資料館」の建設を企画し、太鼓文化の拠点づくりを進められました。太鼓芸能集団・鼓童に太鼓を納めるなど、演奏の現場との関わりも築いてこられました。
創業400周年・当代
2009年〜現在
2009年6月、創業400周年の記念感謝祭を開催。現在の代表取締役社長は浅野恭央氏。原木の選定から仕上げまで、全工程の自社一貫生産の体制を今も守っておられます。
経営者の言葉

“浅野太鼓は、原木の伐採やなめしといった皮革加工に始まり、胴削り、漆塗り、皮張り、鋲打ち、販売まで、全工程を自ら手がける一貫生産の体制を備えた和太鼓メーカーです。”

— 浅野太鼓 公式サイト「歴史」

“創業以来400年余、国内有数の一貫生産の体制を受け継ぐ浅野太鼓楽器店。”

— 白山市公式観光サイト「うらら白山人」
長寿の秘訣

長寿の秘訣

01

業態を変えて家業をつなぐ

始まりは加賀藩に納める皮革業でしたが、皮革加工の技という核となる力を活かして和太鼓製造へ業態を転換されました。家業の承継は「同じ製品の繰り返し」ではなく「積み上げた技の新しい使い道」によっても続きうることを示しています。

02

全工程の一貫生産が承継の堀になる

原木・皮革の加工から胴・漆・皮張り・仕上げ・販売まで、全工程を自社の手仕事で持つ一貫生産の体制が410年余の強みの核にあります。外注に散らさなかった統合された技が、次の代へ渡す最も強い資産になりました。

03

公からの信任を家業の基盤に

藩主からの褒賞と御定書による皮革生産の司りが、初期の家業の安定した土台となりました。創業期の信頼と免許が、幾代にもわたる存続の出発点となった典型です。

04

文化の拠点化で老舗の姿を定め直す

現代に「太鼓の里」資料館を設け、単なるメーカーを超えて太鼓文化の中心地として自らの姿を定め直されました。老舗が価値をつなぐための無形資産・文化への投資の一例です。

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